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雨の日も、風の日も、
大仏はそこで待っている。

2011 新春特別企画

「 2つの布袋大仏 」訪問    愛知県  江南市


布袋の大仏


この一風変わった風貌の大仏は、大仏ファンならずとも

見覚えがある人も多いと思う


日本一大きな手作り大仏として有名


何より、このユームラスな雰囲気に人気があり、
メディア露出も多い昭和スター大仏なのだ



名前に「布袋」とあるが、像は
「薬師如来」であり正式な名前は「御嶽薬師尊(オンタケヤクシソン)」
「布袋」という名は、
地名「布袋町」から付けられた通称で最寄駅も名鉄犬山線の「布袋駅」

実際に大仏が鎮座する地名は「木賀町大門」なんだけどね



さて、そんな大仏界の聖地『布袋町』に


実はもう一つ大仏があることを御存知だろうか?



今回は、この2つの布袋大仏を巡礼してみよう


まず向かったのは、御嶽薬師尊こと「布袋の大仏」



北側からのアプローチになってしまったが・・・

線路の向こう!住宅の屋根の先に・・・


キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!

どう見ても、おかしなシチュエーション


この景色が目に入った瞬間から、テンション急上昇


改めて、表に回ってみると・・・

布袋の大仏 君臨


まずは、お参り

(。-人-。) ナムナム



見上げてみると・・・やはり
デカイ!




右下の人と比べてもらえばわかるのだが・・・

奈良の大仏より
2m大きく、建立当時は日本一大きかった大仏である
(大仏界の社交辞令として、
奈良を抜けば日本一という無責任な称号もあるようだ)


この大仏は終戦直後の昭和24年、鍼灸師である「故前田秀信氏」が
夢のお告げにより
5年の歳月をかけて、地面の整地からコンクリートの練りなど手作業で作られたもの


私設の手作り大仏の先駆けだ



そして、大仏建立の一番多い理由

「 夢のお告げ 」


そんな、厄介なお告げを受けた一般人が真っ先に思いつく材料こそ

「コンクリート」なのだ


結果、
「鉄筋コンクリート像」が完成した




ちなみに、コンクリートを漢字で書くと
「混凝土(コンクリート)となるが



コンクリートを漢字1文字で書くこともできる





その文字とはコレ↓






笑われそうだが、
実際に「コンクリート」と読ませた時代がある


常用漢字に無いのが残念だが、古い職人さんなど、この字を読める人も多い




話がそれてしまったが


お告げを受けた「故前田秀信氏」は鍼灸師であり



現在でも大仏の後ろには
「大佛治療院」なる鍼灸治療院が存在する

ただし・・・大仏の後ろと言っても



真後ろ・・・



イヤ、
大仏の背中と言っていいだろう

大仏と一体化した建物で、治療が行われている



さて、せっかくなので

布袋の大仏を細かく参拝してみよう
(ようするに身体検査?)

お顔は・・・

非常に深い目をした特徴的な瞼を持つ大仏

手には宝珠(ホウジュ)を持っている

宝珠はお地蔵さん定番の持物であるが、薬師如来でも古いタイプの像が多く持っている

布袋大仏は昭和の建立であるが、モチーフにした仏像は古いタイプの像のようだ



また、素人が手作りしたとは思えないのが、衣類のデコレーション

後方に建つ治療院との
接続部分の造作は非常に凝っている

衲衣(ノウエ)と呼ばれる、1枚の布をまとった姿の如来像

布地の波打つ部分や、そりかえって円柱状になった所など

素人の左官工事とは思えない仕上がりだ



鍼灸院に目を向けてみると・・・

寺院機能も配置されている様子で、写真右手2階には「鐘」が設置されている

ただし・・・

鐘を突く「撞木(シュモク)」が
短すぎやしませんか?



この辺りが、寺院としての機能がどこまで行われているのか微妙だ



さて、境内に目を向けてみると・・・

防火水槽のような屋根付き
巨大賽銭箱


箱というより
「賽銭槽」と言った感じ



また、大仏の次に大きな物として、非常にがっしりした灯篭がある

下には、施錠されたドアがあり、最近開けた痕跡が見られないが、物置風な感じ


この灯篭は、正面の道路に
1つだけ存在する





大仏正面の参道には「百度石」がある

「百度」といっても
「100℃」ではなく、「お百度参り」と呼ばれる
100回連続参拝する日本の伝統的民間信仰の導である。



この石は新しく見えるのがちょっと不思議な気もするが
今でも参拝者が絶えないと言うことになるのだろうか?



また、鍼灸院の後方には、不動明王や開祖「秀覺薬信霊神」と刻まれた

記念碑などが建立されているが、あまり手入れはされていない様子だ


また、よく見ないと解らないのだが・・・

賽銭箱の裏手辺りに、
2体の石像がひっそりと鎮座している

勝手な推測だが、建立者御夫婦像なのかもしれない



ざっと紹介すると、境内の施設はそんな感じであるが・・・


要するに、こちらの大仏・・・

本堂も無ければ、山門も無い



道端に突如現れる奈良の大仏より大きな大仏なのだ




さて、布袋大仏と言えば
名鉄線とのコラボが有名である

このように、大仏のすぐ脇を線路が走っている


今回は、この関係を動画で見てもらうことにしよう

 
布袋大仏恐るべしと言ったところだろうか?


さて、本題にもある
『2つの布袋大仏』なのだが・・・




上記で紹介した布袋大仏から、車で5分ほどの所に
もうひとつの『布袋大仏』が存在する


布袋では、2つの大仏を区別するために、こちらの大仏は
『布袋大仏』と呼んでいる
(上記の「御嶽薬師尊」は「布袋の大仏」と呼び「の」が入っている)

こちらの大仏は「愛知県文化財」の指定を受けている


そして、こちらが大仏が鎮座する建物

こじんまりとした大屋根のお堂であるが


正面にはしっかりと

大佛殿の文字



通常は公開していないと言うことだが、取材させてもらうことができたので紹介しよう

大仏殿の中は、絨毯敷きの広間になっており

正面に鎮座する
黒い像が大仏



こちらが
『布袋大仏』こと「阿弥陀如来坐像」

平安時代の作であり、明治の廃仏毀釈で一時は廃されたが
複数の人手を渡ったのち、この地に大仏殿を構え安置された


実は、大仏と呼ばれているのだが
高さ133cmと小さい

いわゆる大仏の定義からは外れてしまっているのだが


大仏は大きさだけでは無い
(大仏ハンターがなんてこと言うねん?)


土地の人々に愛され、
大きな存在こそ大仏なのである

見れば、歴史を感じる堂々たる姿ではないか!
(薄眼開けてるのが、ちょっと怖いけど・・・)


ちなみに、こちらのお堂には
「おほほ様」と呼ばれる「女陰石」も有る

見ただけで「おほほ」と笑ってしまうほどよく似ている姿からそう呼ばれている
(昔の人のネーミング・センスには脱帽である)


布袋に鎮座する2つの大仏


建立時期も違えば、素材も違うが・・・日々町を見守り続けている

大仏の前で稲刈りをする光景は

世界に誇る、日本の姿なのだ


情報
駐車場  無し(それなりにスペースは有りますので、考えて駐車して下さい
拝観料  無料
その他  「布袋の大仏(阿弥陀如来)」は、のぞき窓越しの拝観になる場合が多いです


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