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雨の日も、風の日も、
大仏はそこで待っている。
「 富沢の大仏 」訪問 宮城県 柴田郡
宮城県の柴田町に大仏があると、情報が入ったが・・・?
柴田町と言えば、かの有名な「船岡観音」がある町だ
それって、船岡観音のこと?と、確認すると「岩に掘られた大仏」という話
おお〜〜( ̄o ̄;) 磨崖仏ではいか!
早速、その磨崖仏に逢いに行ってみよう〜!
大仏があると言う、柴田町は・・・
絵にかいたような『代表的な田舎の風景』が広がっていた
「田舎百選」とかあったら絶対入選しそうな感じ(^_^;)
細かな場所を確認できない状態で、軽はずみにも現地へ向かったので
似たような風景の中で、大仏を探しながらウロウロする羽目になったのだが
そんな、山間の一角に・・・
臭う場所を発見!
早速、近づいて見ると・・・
イタ━━━━(゚∀゚)━━━━ !!!!!
『大仏如来』
年季の入った無人のお堂と大仏如来の石碑発見
周辺にも、多くの磨崖仏があるようだ
これは、歴史的な大仏だぞ
その証拠に・・・
歴史的磨崖仏のそばには、なぜか大杉が生えているのだ!
足早に、お参りを済ませて、中を覗くと・・・・
真っ暗 _| ̄|○ ガックリ・・
昼間なのに、何一つ明かりの無い堂内は、な〜〜〜んも見えなかった
でも、大丈夫 (・∀・)b
大仏ハンターの必需品『懐中電灯』で、照らしてみると・・・
オオォォォォォォォ〜 (◎o◎)
立派な、如来さんがいらっしゃいました。
ここで、フラッシュを焚いて撮影すると、全貌が見えた
台座のような角ばった座であるが、如来坐像磨崖仏だ
写真では大きさがはっきりわからないのだが
2,5mほどの立派な像
周辺には特に像の説明など無いのだが、阿弥陀如来スタイル
後日調べてみたところ、像は「阿弥陀如来」で、この一角は「富沢磨崖仏群」と呼ばれているようだ
中心にあるお堂を構えた大きな阿弥陀坐像は、通称「富沢の大仏」と呼ばれ、1306年に建立された
歴史ある磨崖仏のようだ。
大仏は、以前からお堂に守られているので、鎌倉時代に掘られた割には、磨滅も少なく非常に
保存状態も良いのだが、周辺の磨崖仏はかなり磨滅している。
周辺の磨崖仏は、こんな感じ
岩に掘られた「ビートルズ」みたいになってしまっているが・・・
中には、大仏より古い永仁2年(1294)に掘られた記録がある石仏もあるとか・・・
よく見れば、山の斜面にも石仏がゴロゴロ
虚空蔵菩薩や如意輪観音の姿も見える
中には、かなり状態のいい像もあるが、これは新しそうだ
このポーズとフォーメーションは、阿弥陀三尊かな?
他にも、かなり年季が入った六地蔵なども・・・
それにしても、周りの設備が荒れすぎじゃ(-""-;)
この状況からみても、お堂を構えた大仏さんはラッキーかもしれない
このお堂自体は、昭和に建て替えられた物
お堂脇の掲示をみると・・・
昭和四十四年 新築とあるが、立て直したようだ
ただし・・・
四月二日の前に小さく書かれた『旧』と言う字が気になる?
とってつけたような「旧」の小文字だが、これって旧暦の四月二日ってことでいいのかな?
まぁ〜その辺を、細かく突っ込むのはここまでにして
もっと気になることが・・・
それは、お堂の後ろにある『真っ黄色』の壁
コンクリらしいが、なぜか黄色に塗られて、ひときわ異彩を放っているのだが
この部分って、中から見ると大仏さん両脇の白い部分だよね・・・
って・・・ことは?
もしかして・・・
大仏さんはお堂の中にはいなくて
お堂の裏の庇の下にいるってこと?
なんか、拝む側だけ屋根の下っていうのも・・・(^_^;)タハハ
どっちにしても、歴史的にも貴重位しっかりと輪郭を残した磨崖仏だったし
特に文化財とかの指定を受けていないようで、お堂の外からであるが
割かし近くで、拝見することができたのだ。
大仏の近くに、大きな屋根をかぶった岩があったので
そっちも見てみたが
とってもかわいい石仏が彫られていた
さて・・・こちらの像がどなたかなのかは・・・
解らずじまいでした(*^-^*)
情報 最寄駅 東北線 槻木駅 駐車場 無いけど、周辺に置ける 拝観料 無し 所在地 宮城県柴田郡柴田町 その他 ほとんど誰もいない感じの場所です |