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百科図鑑 大仏訪問記
【 大仏巡礼 】
東京大仏巡礼 2008 その3
「 大観音寺 」訪問 東京都 中央区
東京都中央区人形町 地名は有名であるが、今一どこにあるのか解らない人も多い場所である。 水天宮のすぐ近くといえば、だいたいの場所は解るかもしれない。 元々は下町の代表格のようなこの町も現在は、その地名からは想像できないような 巨大なオフィスビルと高層マンションが並ぶ街である。 そんな、人形町に『月に1度しか、拝見できない大観音』があると聞いて 人形町に行ってみることにした。 寺の名前は『大観音寺』 いかにも、と言うか・・・そのまんまの寺名だが、これで「だいかんのんじ」とは読まずに 『オオガンノンジ』と読むのだ。 本尊ご開帳は、毎月17日 この日を逃すと、1ヶ月は見ることができないというので、17日に行ってみた。 |
大観音寺があるのは、人形町と水天宮を結ぶメインストリート ![]() 商店が並ぶ比較的にぎやかで、人通りが多い場所だ。 この先の右側に親子丼発祥の店であり、シャモ肉を使った親子丼で有名な 「鳥料理 玉ひで」がある。この日もお昼時には50人以上の人が並んでいた。 (マスコミでも良く話題に取り上げられているな〜) そんな商店街から、一歩下がったような感じで、大観音寺は現れた。 ![]() ビルの片隅に、いきなり現れた高床式2階建て寺院だ 一見すると、これが寺院とは思わないかもしれないつくりだ・・・ 入口には、ご丁寧に案内まで出ていた。 ![]() 「本日ご縁日 本尊開扉」 「本堂へ上がってお参りください」 これは、これは・・・ご丁寧に・・・m(_ _)mペコ それではお言葉に甘えて本堂へ行って見ましょう。 本堂がある2階部分へ階段で上がると、いかにも都内らしいコンパクトな境内があらわれた。 ![]() 香台や地蔵尊が、システマチックに並ぶ姿は、さすが東京の寺院だな〜と言った感じ。 境内を見回すと、珍しいお堂があった。 ![]() なんと!『韋駄天(イダテン)』 今まで、弁天とか帝釈天は見たことがあったが、「韋駄天」は、はじめて見たような? 他にも寺のお稲荷さん「荼吉尼天」なども奉られていて、非常にレアな仏さんが多い。 さて・・・狭いながらも色々と見るものが多い寺院である。 ところで・・・・ 良く考えると、このスペースと空間 大観音なら目に付くはずだが・・・ 大観音は・・・いずこへ ?(゜_。)? |
う〜〜〜〜ん (-""-;) 巨大な高層ビルはあるのだが、大観音はどこにもない。 まあ〜せっかくの御開帳の日にやってきたのだから、 何はともあれ、貴重なご本尊を拝ませていただこう。 本堂へ上がって良い日なので、まずはお邪魔いたします。 ![]() 本堂は、2階建の2階部分に建つ平屋造り。 本堂内は、外見とは、対照的に『和風』 ![]() 正面のいらっしゃる観音様が本尊かな? それでは・・・まずは合掌 『ナムナム・・・』 (´・ω・`) オヤ? 気のせいか・・・視線を感じるような・・・? ![]() 何となく・・・巨大な物に見つめられているような・・・ この視線と言うか、大きな霊気は、なんだろう? ・・・・・( ̄ロ ̄;)!! ハッ! あれは・・・ 正面の観音像の後ろに・・・ ![]() ドガァ〜〜〜ン ヽ(`0´)ノ ![]() 観音様の、後ろに・・・・ 強大な顔があるやん〜!(>w< ) 正直、ビックリした。 ( ̄o ̄;)ボソッ ![]() まさか、こんなに大きな大観音の顔が・・・ 真正面にあったとは・・・。 大観音寺(おおがんのんじ)鉄造菩薩頭 本尊の鋳鉄製の菩薩頭は、もとは鎌倉の新清水寺にあった観音像で中世造立になる。 鎌倉時代の優秀な作品だが、1258年1月17日の火災で崩れ、地中に埋まって行方不明に なっていた。江戸時代になって頭部のみが鉄ノ井(クロガネノイ)から掘り出され、明治9年 (1876年)に大観音寺に安置されたらしい。 総高170cm 面幅54cm 顔までは、鉄で出来た「鋳鉄製」であるが頭部は「鋳銅製」らしい。 それにしても・・・ ![]() インパクトと言うか・・・予想外の展開にビックリしたが・・・ またもや、仏頭との衝撃的な出会いであった。 17日に、足を運ぶ価値は十分過ぎる大観音寺だった。 発掘された鎌倉『鉄の井』の地図 |
東京大仏巡礼 その4 『谷中霊園で合掌する大仏さん』 |
情報 最寄駅 東京メトロ日比谷線人形町駅・都営浅草線人形町駅 駐車場 なし(近隣の有料駐車場利用・料金は高いですよ) 拝観料 無料 所在地 東京都中央区日本橋人形町1-18-9 その他 毎月17日だけ本尊のご開帳があります。 マップリンク グーグル・マップへ |